大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和36年(行)4号 判決 1963年3月11日

原告 宮原邦助

被告 秋田県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和二三年一二月二日付で別紙目録記載の土地につきなした買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一  原告は昭和六年訴外藤原吉之助から

湯沢市(当時山田村)石塚字馬場九番

一  田 一反一畝二七歩 内畦畔一畝一九歩

を買受けてその所有権を取得し、爾来これを耕作して来たところ、昭和二三年中訴外宮原三之助は所轄農地委員会に対し、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第一五条に基き、自らの農業経営に必要な建物を建築するためと称して右土地の一部の買収を申請し、被告は同条に基き同年一二月二日付で右三之助がその地上に建物を建築することを条件として右土地の一部を別紙目録記載のとおり同所九番の二田二畝二三歩内畦畔一五歩として買収する処分をし、同年一二月三一日その旨の買収令書を原告に交付した。

二  しかしながら、右買収令書においては被買収地は別紙目録記載のとおり表示されているのみで、図面の添附はなく、その他被買収地の範囲を特定すべき何等の記載もない。前記のように、もともと被買収地は九番田一反一畝二七歩の一部であり、右買収当時未だ被買収地の分筆はなされていなかつたのであるから、右のように単に地番と面積が記載されたのみでは被買収地が右九番田一反一畝二七歩のうちどの部分に該当するかがあきらかでない。従つて右買収処分はその対象が不特定であるから違法である。

三  又、前記宮原三之助は右被買収地上に建物を建築することを条件として右土地の買収及び売渡の申請をし、その売渡を受けたにも拘らず、いまだに何等の建物も建築しないので、もともと建物を建築する意思がなかつたのにこれを偽つて右申請をしたことがあきらかである。従つて、かゝる虚偽の申請に基いてした前記買収処分は違法である。

四  そして、右第二、第三項記載の瑕疵はいずれも重大且つ明白というべきであるから右買収処分は無効である。よつてその確認を求める。

と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

一  請求原因事実のうち、被告が原告主張の日付で原告所有地の一部を別紙目録記載のように表示して買収し、これを訴外宮原三之助に売渡したこと、右買収令書には被買収地を別紙目録記載のとおり表示したのみでその他には被買収地の範囲を特定する記載をしなかつたことは認めるがその余の事実は否認する。

二  別紙図面記載の土地(湯沢市石塚字馬場七番畑一七歩、同所八番原野九歩、同所九番田二畝二一歩、同所一四番田三畝二歩、同所一五番の一田七畝一七歩、同所一六番ノ一田四畝一八歩、同所一七番の一田五畝二四歩)はもと原告の所有であつて、右三之助が原告から賃借して耕作していたものであるが、昭和二三年二月頃原告は三之助に対し右土地の返還を請求し、旧山田村農地委員会が斡旋した結果、同年四月頃原告と三之助との間で別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)の各点を順次結ぶ直線の北側即ち九番、一四番、一五番の一の各一部(同図面赤斜線の部分)及び七番、八番の各一部(同図面黒斜線の部分)は政府が原告から買収して三之助に売渡すとの形式で三之助の所有とし、その余は三之助が原告に返還するとの合意が成立し、農地委員立会のもとに右(イ)乃至(ヘ)の各点に杭を打つてその境界をあきらかにした。そこで被告は右三之助の所有となるべき土地を別紙目録記載のとおり表示して買収し、これを三之助に売渡したのである。従つて当時九番の二なる土地は存在しなかつたけれども、右のように被買収地の範囲は現地においては判然としていたので、将来被買収地を含む関係の土地全部を合筆して九番としたうえ、被買収地を九番の二として分筆する意図のもとに買収令書においては被買収地を九番の二と表示したのである。

このことは、昭和二六年三月一四日被告が九番、一四番、一五番の一を合筆して九番田とし、しかる後これを九番の一と同番の二に分筆した事実によつてもあきらかである。もつとも、その際七番及び八番については合分筆の手続はなされず、従つて別紙図面黒斜線の部分については未だ三之助に対する所有権移転登記がなされていないけれども、それは七番及び八番を九番に合筆することが手続上困難であつたためであつて、このことのために直ちに被買収地全体が不特定であるとはいえない。又農地委員会の事務不慣れのため、被買収地の実測面積は四畝一一歩であるのに買収令書には被買収地の面積が二畝二三歩と記載されているが、買収令書記載の面積が実測面積と正確に符合していなくとも直ちに当該買収が無効であるとはいえない。およそ一筆の土地の一部が買収される場合その範囲が全く不特定であればその買収処分は無効といわざるを得ないけれども、本件においては買収される範囲は被買収者である原告立会のもとに現地において特定され、且つ原告は残余の土地の返還を受けたのであるから、当事者間においては被買収地の範囲は明瞭であり、従つて本件買収の対象が不特定であるということはできない。

三  又、本件買収令書には自創法第三条及び第一五条により買収する旨記載されているけれども、本件買収は実質上同法第三条による買収であり、右の記載は買収令書作成の際不動文字の記載のうち「及び第一五条」の部分を抹消すべきところをこれを看過した結果にすぎない。仮に右買収が原告主張のとおりの条件を附された同法第一五条の買収であり、三之助が未だ建物を建築していないとしても、そのことは処分の取消事由となることはあつても無効原因となるものではない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一  被告が昭和二三年一二月二日付で原告所有地の一部を湯沢市(当時山田村)石塚字馬場九番の二田二畝二三歩内畦畔一五歩として買収したこと、当時公簿上右九番は未だ分筆されておらず、従つて九番の二なる表示は公簿上存在しなかつたこと、右買収の令書には右の地番地積の記載があるほかには図面の添付その他被買収地を特定するための記載がなかつたことは当事者間に争がない。

二  原告は右買収処分はその対象たる土地が不特定であるから違法であると主張するのでこの点について判断する。

成立に争のない甲第一、第二号証、同乙第一号証、証人菅要太郎、同小坂寅之助、同菅原利喜蔵、同佐藤泰一、同宮原三之助の各証言及び検証の結果を綜合すれば、別紙図面記載の土地(湯沢市石塚字馬場七番、同所八番、同所九番、同所一四番、同所一五番乃至一七番の各一)はもと全部原告の所有であつて、昭和一九年頃原告が訴外宮原三之助に賃貸し、爾来同人がこれを耕作していたところ、昭和二三年頃原告は右三之助に対し右土地の返還を求めたが三之助は返還を拒否したので、山田村農地委員会が仲介して話合いがなされた結果、三之助は右土地のうち南側の約三分の二に該当する部分を原告に返還し、その余は自創法による買収と売渡の形式で原告から三之助に所有権を移転することとする旨の契約が成立したこと、三之助が原告に返還する土地とその余の土地との境界はその頃原告と三之助が現地において農地委員立会いのうえで協議して定め、その境界線上の数点に目じるしの杭を打ち込んだこと、そこで三之助は所轄農地委員会に対し右境界線から北側の土地の買収及び売渡の申請をし、被告はこれに基いて右土地につき第一項記載の買収処分をし、原告は三之助からその余の土地の返還を受けたことがそれぞれ認められる。原告本人の供述中右認定に沿わぬ部分は前記各証拠に対照して措信しない。

ところで、買収の目的地は買収令書において特定されていなければならないことは勿論であるところ、右のように被告は数筆の土地の各一部を買収したにも拘らず買収令書には買収の目的地として買収当時未だ存在しない地番と地積を記載し、他に買収の目的地を特定する何等の記載もしなかつたけれども、右認定のように、買収に先立ち三之助が原告に返還する土地と買収の目的地との境界は両者が現地において農地委員立会いのうえで定めたのであるから、右買収令書の表示が右の境界線から北側の土地(別紙図面赤斜線及び黒斜線の部分)を指すものであることは、少くとも右買収の関係当事者にはあきらかに看取し得たものというべきであり、かゝる場合には買収令書において被買収地が特定されていたと解して妨げないから原告の右主張は失当である。(最高裁判所昭和三〇年(オ)第四一九号昭和三二年一一月一日判決参照)

三  次に本件買収処分は宮原三之助の虚偽の申請に基くものであるから無効であるとの主張について判断する。

成立に争のない甲第一号証によれば、原告に交付された買収令書には「自創法第三条及び第一五条」により買収する旨の記載があるのみで、その他には買収の根拠たる法条について何等の記載なかつたことが認められるから、右買収令書の記載のみによつては同法第三条及び第一五条のいずれに基いて買収がなされたかを知ることができない。

しかして、原告の主張するように、右買収が同法第一五条に基いてなされたものとすれば、当時宮原三之助に居宅を建設する必要があつたことは前掲宮原証人の証言によつて認められるけれども、農業用施設として右土地を必要とする事情は認められず、しかして同条の買収は居宅建設の必要による場合を含まないのであるから右買収はその要件を具備しないものというべきであるし、他方被告はこれを同法第三条による買収であると主張するが、原告本人尋問の結果によれば買収当時原告はいわゆる在村地主であつて、その農地保有面積は七反歩程度であつたことが窺われるから、同条により原告の所有地を買収することはできなかつたものである。従つて右買収処分を同法第三条及び第一五条のいずれに基くものと解しても、その要件を具備していない違法の処分といわざるを得ない。

しかしながら、前述のように右被買収地の所有権の移転は、実質的には原告と三之助との間の私法上の契約に基くものであり、買収は単に形式上のことにすぎないのであるから、右買収処分はもともと買収要件の存否を度外視してなされたものであり、そのことは関係当事者において予め了解されていたものというべきである。

しかして、自創法第三条及び第一五条において買収の要件を厳格に規定したのは、自作農創設という立法目的と土地所有者の利益の調和を図り、土地所有者の権利に対する行政処分の限界を定めたものと解されるから、右に認定したように関係当事者間の話合いにより土地所有者自身が右法規により保護されるべき利益を放棄し、その同意のもとに買収処分がなされた場合においては、かりに前述のような買収要件の欠缺があつても、それは右買収処分の無効原因とはならないというべきである。

そして、原告は、三之助は建物を建築する意思を有しないのにこれを偽つて買収の申請をしたと主張するが、仮にそのような虚偽の申請に基いて本件買収がなされたとしても、それは結局自創法第一五条の買収要件の欠缺にほかならず、そうとすれば前述のように同条の要件の欠缺をもつて本件買収処分を無効となすことはできないのであるから原告の右主張は失当である。

よつて本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎川貞造 渡辺均 橘勝治)

(別紙)

目録

湯沢市石塚字馬場九番の二

一 田 二畝二三歩

内畦畔 一五歩

図<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例